OBJECTIVE.
立教大学理学部物理学科の北本俊二特別専任教授、山田真也准教授、澤田真理助教、および物理学専攻の大学院生は、日本(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)ほか)?米国(NASA、LLNLほか)?オランダ(SRON)からなるチームに参加し、XRISM衛星の軟X線分光装置Resolveを共同開発しました。
X線分光撮像衛星XRISM(クリズム)は、昨年(2023年)9月7日の打上げ後、初期機能確認運用を行い、本年2月より約6ヶ月にわたって初期性能検証(PV)観測を進めてきました。今回は、PV期に得られた観測成果の中から、既に学術専門誌への論文掲載が決まっている2件についてご紹介します。
本成果のポイント
- 超新星残骸の鉄イオンの温度が摂氏100億度に達していることを明らかに。
- 巨大ブラックホールを取り巻くトーラスの内縁半径を約0.1光年と決定。
超新星残骸や巨大ブラックホールは、いずれも銀河全体に物質とエネルギーを循環させる「風」を生み出し、宇宙の進化に影響を与えます。今回の成果は、そのプロセスを理解する手がかりとなります。
活動銀河核の想像図。セイファート銀河 NGC4151をXRISMで観測した結果や過去の観測結果を元に描いたイラスト。 クレジット:JAXA
1. ファーストライト観測が目撃した超新星残骸N132Dの超高温鉄
図1:XRISMファーストライト観測による超新星残骸N132DのX線画像とスペクトル。それぞれXtendとResolveにより取得。 クレジット:JAXA
図2:イオンの熱運動と、特性X線が受ける熱的ドップラー効果。観測者(XRISM)に近づくイオンが放射した特性X線は波長が短く、遠ざかるイオンが放射した特性X線は波長が長くなる。それらが全て足し合わされるので、幅の広い特性X線が観測される。 クレジット:JAXA
私たちは、この効果に加えて、超新星残骸の膨張によるドップラー効果も考慮に入れて観測スペクトルの分析を行いました。その結果、ケイ素や硫黄を含む超新星残骸の外層部のプラズマは温度が約1千万度と比較的低いのに対し、残骸内部の鉄は約100億度に達していることが明らかになりました。これまでにも、超新星残骸中の鉄が衝撃波によって超高温に熱せられることは理論的には予想されていましたが、観測的に確認することは困難でした。優れた分光性能を持つXRISMによって、イオンの熱運動によるドップラー効果を初めて捉えることができたため、温度の測定が可能となったのです。今回観測された超高温鉄イオンの存在は、冒頭で述べた宇宙のエネルギー循環プロセスの貴重なスナップショットです。今後、XRISMによる様々な超新星残骸の観測を通して、超新星から供給された重元素やエネルギーが星間空間へと拡散?循環するプロセスが、より詳細に解き明かされると期待されます。
2. 精密分光で明らかにした巨大ブラックホールの周辺構造
図3:ブラックホール周辺物質の公転運動に伴うドップラー効果 クレジット:JAXA
それら一連のプロセスを理解する上で重要な手がかりとなるのが、ブラックホール周辺の物質分布です。一般に、明るく輝く巨大ブラックホールの周囲には、「分子トーラス」と呼ばれる塵に満ちた領域が存在することが知られます。今回XRISMの観測は、NGC4151の分子トーラスの内縁半径を約0.1光年と決定するとともに、さらに内側の物質分布まで詳しく調べることに成功しました。
この研究において威力を発揮したのが、XRISMが得意とする速度測定です。前章同様、特性X線が受けるドップラー効果を利用しました。但し、今回は熱運動によるドップラー効果ではなく、ブラックホール周囲の「公転運動」によるドップラー効果を観測します。図3に、その原理を示します。分子トーラスを含め、ブラックホールの周辺物質は、円盤状の構造をなしてブラックホールの重力圏内を公転します。この円盤を横方向(実際には斜め上方向)から見ると、円盤の片側は常に観測者(XRISM)に向かって近づき、反対側は常に遠ざかるように運動するので、それらのドップラー効果の重ね合わせによって、観測される特性X線の幅が広くなります。また、太陽の周りを公転する地球が、その外側を公転する火星や木星よりも速く運動するのと同様に、公転半径が小さいほど、すなわちブラックホールの近くの物質ほど、公転速度が大きくなります。したがって、公転速度の大きさから円盤の公転半径が求められます。
図4:XRISM/ResolveがNGC4151から検出した鉄の特性X線のスペクトル(横軸を速度に換算)と、推定されたブラックホール周辺物質の構造 クレジット:JAXA
XRISM科学運用の現状と今後の展望
PV観測と並行し、昨年11月から今年4月にかけて、公募観測期に観測する天体の提案を募集しました。世界の研究者から、計310件の観測提案があり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、米国航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)、それぞれで選考し、予備の観測提案も含め104件の観測提案を採択しました。その結果は、8月2日にXRISM研究者向けウェブサイトで公表しております。
XRISMは、初期の?標を上回る分光性能など、優れた機器性能を軌道上で達成しています。PV観測と公募観測によって、様々な新発?がもたらされると期待されます。
- タイトル: The XRISM First Light Observation: Velocity Structure and Thermal Properties of the Supernova Remnant N132D
- 著者名:XRISM Collaboration
- 掲載誌:Publications of the Astronomical Society of Japan
- タイトル:XRISM Spectroscopy of the Fe Kα Emission Line in the Seyfert AGN NGC 4151 Reveals the Disk, Broad Line Region, and Torus
- 著者名:XRISM Collaboration
- 掲載誌:The Astrophysical Journal Letters
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2024/10/04 (FRI)